第一志望校不合格
下の子も中学受験をさせることにしたんだから、上の子の中学受験は成功に終わったんだろうと思われるかもしれない。でも、娘は第一志望校には受からなかった。娘の中学受験終了後に、私はおそらく大人になってから一番泣いた。声を押し殺して、真夜中に。
今現在の娘の様子と、彼女が得たものの大きさを考えると、娘の中学受験を失敗だったとは言いたくないけれど、第一志望校へ合格という意味では失敗だった。
中学受験の不合格はどうしようもなく辛い
親である自分の奢りと見通しの甘さからくる後悔と申し訳なさ。特に最後の一年は本当に勉強漬けだったから、その努力が報われなかったと思うと可哀想で悲しくて悔しくて、変えられない現実を受け止めるのが難しかった。
中学受験の不合格は想像の何十倍も辛かった。通学時間が同程度で同偏差値、似たような校風の学校の選択肢が限られがちな関西での受験という事情もあるかもしれないけれど、とにかく併願校が、どこも娘にとってあまり魅力的には映っていなかった。それでも、大学受験と違って浪人することもできないし、落ちてもどこかしらには進学しないといけない。
人生経験が少なく未熟な小学生が、直近数年の生活の大部分の時間を受験勉強に費やしていたら、彼女らにとっては受験勉強が「世界のすべて」になっていてもおかしくない。そこでの失敗は絶望的である。高校生や大学生のように「今回は縁がなかった」「努力や戦略が足りなかった」と客観的に割り切ることも難しい。娘の場合、フリーズからの投げやりな態度で、悲しいとか辛いとか言うわけでもなく、それが余計に切なかった。
中学受験の失敗は親のつらさもひとしお
「中学受験は親の受験だ」という人がいるくらい、中学受験は親もフルコミットしがちだ。私も全精力を注ぎ込んでいたため、不合格という現実に想像以上にダメージを受けた。「きっと娘ちゃんは将来ニューヨークタイムズのインタビューで『あの挫折があったから今の私がある』って言う日が来るよ」なんてママ友に励まされたりして、爆笑しながら消化していったつもりだったが、不合格という事実との整合性を保つために、受験勉強をしていた娘に関する記憶がどこか改竄されてしまったように思う。当時の記憶が曖昧なのである。
受験が終わってからもうすぐ2年になろうとしている今、あやふやになったまま放置していた記憶に向き合い、娘の中学受験を振り返ってみたいと思う。

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